KiKのズンダレ巴里日記
パリからあなたにお届けする、とっておきのくだらない話
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モラヴィアマニア
1週間以上もブログ更新を怠り、全国三百万の読者の皆様にご心配をおかけした事をまずはお詫び申し上げます。

一番の理由はネタがなかったからなんですけど、他にもいろいろとありまして、まずはオリンピック。時差の関係でフランスでは夕方だった生中継を見るため、仕事が終わると一目散に帰宅してテレビにかじりついてました。それからもう一つは、モラヴィアの小説を読み耽っていたこと。

モラヴィアは、谷崎潤一郎と並んでKiKの最も好きな作家です。先週、しばらく使っていなかったカバンを開けたら、買ったまますっかり忘れていたモラヴィアの本がひょっこり出てきまして、ここ数日はすっかり通勤時や休憩時のお供になってます。

実を言うと、KiKがまだ日本にいた頃、モラヴィアはそれほど好きではなく、むしろ退屈なくらいだったのですが、15年ほど前にフランス語訳の「倦怠」を読んでからというもの、すっかり魅了されてしまいました。流れるようなリズム、独特の乾いた文体... フランス語とイタリア語は近いから得だよな。どうも日本語版は訳が悪いのではないか。

というわけで、「倦怠」を皮切りに「無関心な人々」、「軽蔑」、「孤独な青年」といったメジャーな作品をひと通り読みあさったわけですが、いくら二十世紀の文豪とはいえ、今では有名な作品以外は文庫版では入手不可能

そんな時の強い味方が、カルチェラタンにある古本屋さんです。ここなら大昔の初版が手に入ることがあるので、ちょくちょく覗いています。文庫になっていない本を見つけたら、どんなに状態が悪かろうが、手垢にまみれてページがすっかり茶色くなり果てていようが即買いです!

それでも、KiKが一番好きなのはやっぱりモラヴィアにのめり込むきっかけをくれた「倦怠」ですね。最低でも5回は読んでいると思う。こんなに何度読んでも飽きないのは、「細雪」とこの本だけです。


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日曜の朝は...
東京は記録的な大雪でタイヘンなことになっているようですが、こちらパリはソチ並の暖かさで、世の中どうなっているんでしょうか。

毎度毎度のワタクシ事で申し訳ないのですが、KiKは2ヶ月ほど前からスポーツジムに通いはじめまして、この夏には吉川晃司さんのような逆三角形体型になる予定(ムリムリ)。

毎週日曜の朝に行くことにしているこのジム、生意気にもシャンゼリゼのど真ん中にあります。KiKがここに来る時間帯、9時半から10時頃のシャンゼリゼはこんな感じです。





ガラガラ~

普段はあんなに人がいるのに、日曜の朝はまるで異空間。おまけに今朝は快晴で気持ちいい~!

これからもトレーニング頑張りマッスル
パリで見つけたヘンなもの・床屋にて
KiKはほぼ2週間に1度髪を切ってもらいます。そんな話はどうでもいいんですが、とりあえず前置き。で、KiKが通っている床屋は、10区のストラスブール‐サンドニ駅の近くにあります。この辺はパリでもちょっと独特な界隈で、地下鉄の駅を降りて地上に出ると、強面の黒人のお兄さんや、春を売っている東欧系や中国人の女性がウジャウジャいて、一般のパリのイメージとは程遠い光景が拡がっています。

最近ではちょっと減りましたが、この辺ではインド、パキスタン、トルコから来た人が商売を営んでいて、中でも理髪業とケバブ、カレーなどの一膳飯屋が多い、激安エリアです。KiKの床屋も、カット6ユーロ、シャンプーは2ユーロだけど、KiKはお得意さんなので無料。日本の床屋に比べると衛生面でかなり不安なところがありますが (タオルとか使い回し... なので、KiKはシャンプー後に髪を拭くとき、キッチンタオル使ってます) どうせほとんどバリカンで刈るだけの板前カットなので、これで十分です。

この床屋だけでもかなりヘンなものなんですが、ここに置いてあるケープの柄が、すごいんです。


楽が一番の髪型って、まるで新聞の一面記事のような白抜きでデカデカと書くことか? 個人的には同意だけど。


ワンレン、朝シャンは確かに懐かしい。枝毛切りはなぜ?短髪なので枝毛には無縁だったKiKですが、去年生まれて初めて自分の体から枝毛を発見しました。それも鼻毛、なおかつ白髪だったという衝撃的なものでした。


誰か答えられる人がいたらコメントください。裏になにか哲学的な意図が含まれているんじゃないかと思うと、夜も眠れません。


ウ~ン 深いのか意味不明なのか、そもそもコンサバなヘアって何や?夜会巻きとか?

ツッコミどころ満載のこのケープ、とにかく笑わせてもらいました。ちなみに全体像はこんな感じです。
好立地&コスパの高いカフェ!
普段はあまり外食をすることがない(ケチなので)KiKですが、先の日曜日は、昼ごはんを準備するのがどうにも面倒くさく、天気も良かったので、以前から気になっていたカフェへ、散歩がてら出かけました。

なぜ気になっていたのかというと、安いから。しかし、ただ安いだけでなく、オルセー美術館とセルジュ・ゲンズブールが住んでいた家(分かる奴だけ分かればいい)の中間地点という、パリで最も地価の高いこのエリアで激安とは、おぬしタダモノではないな... と、常にお買い得情報がないかと目を光らせているオバハンKiKが見過ごす筈がない。

中に入ると、若いウェイトレスのお姉さん(たぶん自分より一回り以上年下だけど)がキビキビと動いていて、挨拶も爽やか。第一印象は良好。

内装はグレーを基調にした落ち着いた雰囲気で、一生懸命カッコつけようとして実際は滑りまくっている多くのカフェと違い、なんとも潔い感じ。



でっかいナポレオンの絵を飾っているところが微妙にダサくて、そこがまたイイ。あんまり完璧すぎると居心地悪いのよね。


食事はどこにでもあるような至って普通のカフェメニュー。しかし、メインの殆どが10ユーロ90という驚きの安さ。サラダ類は確か10ユーロ以下だったような。前菜、デザートがそれぞれ5~6ユーロぐらいなので、一通り食べても25ユーロ以下。ワインはグラス2ユーロ90からなので、30ユーロ前後で飲んで食べて腹いっぱいになること間違いなし。

お味の方はまずまず。悲鳴を上げるほど美味くもなく、吐きたくなるほど不味くもないけど、やっぱりこの値段でこれだけのものが食べられるのは素直に嬉しい。

KiKはこの日、タルタルステーキとお菓子付コーヒーをいただきました。
お客さんは観光客が多いのですが、だからといってボッタクラないところも好感度高し。この辺でお腹が空いたらぜひどうぞ。

Cafe de l'Empire
17, rue du Bac 75007
地下鉄12号線Solferino駅 またはRER C線 Musee d'Orsay 駅下車
ゲイタウン・マレ地区を歩く 後編
21世紀に突入し、隆盛を極めるアルシーヴ通りと反対に、ヴィエイユデュタンプル通りは衰退の一途をたどった。アルシーヴ側に客を取られたことだけが原因ではなく、むしろインターネットの普及がゲイのナンパ事情を大きく変化させ、マレ地区全体から組合員の足が遠のいたと考えるのが妥当なようですね。

今のような寒い時期など、わざわざマレまで出かけてゆくよりも、出会い系のサイトなら、コタツに入ってみかんを食べながらでもナンパができる。夜の蝶も早起き鳥も、24時間いつでも男を引っ掛けられる時代になったんだから。

ヴィエイユデュタンプル通りからは次第にゲイの姿が消え、老舗のサントラルもアムネジアも、2000年代後半にひっそりと閉店。その一方で、この通りには若者向けのブランドや食べ物屋が乱立するようになり、パリで最も賑わう、ゴミゴミした界隈の一つになったのでした。

周辺のゲイ向けショップもシャッターを下ろし、エロショップと本屋だけが辛うじて生き残っている。その姿はあたかも、オスマントルコに包囲されてコンスタンチノープルだけになった、末期の東ローマ帝国のよう。陥落は時間の問題かもしれません。

アルシーヴ通り側でも一時のような盛り上がりには欠けるようになり、ネット時代の打撃を被っているのは明らかでした。しかし、そこをもう少し北上すると、地味に営業を続けているバーが何軒か点在しています。もともとそれほど流行っていたわけでもなく、固定客が多いのでそれなりに生き残ることができるのでしょうか。

このあたりは、ゲイシーン的に以前のマレの姿を残しているとKiKは思います。どうせアタシ達は日陰者、みたいな屈折した雰囲気(実際にこのあたりの道は暗くて狭い、古い通りが多い)と、何故か感じる後ろめたさが、逆に興奮をもたらすような...

最近では、パリのゲイ達もチャットに飽きたのか、またチラホラとマレへ客足が戻ってきているようです。

今や同性間の結婚まで可能になったフランス、ゲイの町も様変わりするのは自然なこと。今後もマレがゲイのゲットーとして存在し続けるのか、それともヴィエイユデュタンプルの如く単なる万人向けの商業地区になるのか、気になるところです。
ゲイタウン・マレ地区を歩く 中編
〈おことわり〉
このシリーズ、当初は前編と後編の2部構成にするはずだったのですが、大好評につき中編を加えた3部構成になりました(ウソ。計算が狂っただけ)。

アルシーヴ通り rue des Archives の栄華は1995年、コックスというバーの開店に端を発します。暗くて閉塞感のある、一見当時のゲイバーの王道を行くスタイルの店でありましたが、外装に目立つ赤色を使ったり、インテリアを定期的に変えるなど、よく見ると気合いが入っていました。
それでも、まだまだヴィエイユ デュ タンプル通り rue Vieille du Temple の賑わいには及ばず、孤軍奮闘していたコックスでしたが、程なくして、当時のパリのゲイビジネス界で飛ぶ鳥を落とす勢いだったある人物が、コックスからわずか5メートル先にオープンカフェ という名のバーを立ち上げ、たちまち大成功を収めました。

オープンカフェは昼間から営業し、外から中が丸見えのガラス張りでおまけにテラスも設けるという、当時のゲイバーの常識をことごとく破るコンセプトで、新し物好きのパリの組合員にバカウケ。オープンカフェはアルシーヴ通りと、サントクロワドラブルトヌリという長ったらしい名前の通りの交差点に位置しています。この通りには前回紹介したサブウェイがありましたが、バーよりもむしろ組合員経営のレストランが多く、またいかにもカマ好みの服を売っているブティック、TTBMというエロショップ、そして何よりも、Les mots a la bouche というパリで唯一の(当時)ゲイ向け本屋があり、その本屋のすぐ先には、ヴィエイユデュタンプル通りと、例のサントラルが構えており、この一帯のゲイシーンの中枢を成していました。

オープンカフェは、ドリンクの質が悪かろうが、店員が超無愛想で、その上オーダーして30分以上待たされることもザラにあろうが、パリのオカマのハートを鷲掴みにし、平日も週末も大勢の人でごった返し、あっという間にマレのナンバーワンに登り詰めました。10年ほど前の黄金時代には及ばないものの、オープンは今でもそこそこの人気を保ち、その最大の要因とも言える立地条件の良さは、パリのゲイシーンでは銀座四丁目のドトールに匹敵すると言えるでしょう。

アルシーヴ通りがメインストリート化したのは、コックスとオープンという二台巨頭の「住み分け」も理由のひとつでしょう。オープンが「若者、小綺麗、お花畑とその愛好者」という客層に対し、コックスは「中年、野郎系、高飛車マダム」。

もう一つ、アルシーヴ通りの地位を高めたのが、1997年の出来事である。ドラッグの取り引きが行われているとの疑いで、コックスをはじめゲイのクラブなど数件が警察により営業一時停止を命じられたのである。パリのオカマたちは立ち上がった。日曜日になるとコックスのあるアルシーヴ通りに集まり、テクノをガンガンかけて昼間からレイヴパーティーのようなデモ集会が自発的に開かれるようになった。幸いアルシーヴ通りのこの辺は道の幅が広く、お祭り騒ぎを行うには適していた。なお、これが後に語り継がれる「マレ一揆」である。

アルシーヴ通りの覇権をめぐって対立していた両者だが、2000年代に入り、夏至の日に行われる「音楽の日」で共同イベントを開催することを決定する「アルシーヴの和約」を締結。

ちょっと「カノッサの屈辱」みたいになってきましたね。仲谷昇さんになった気分。

さて、次回後編では、ヴィエイユデュタンプル通りの没落と、ゲイタウンとしてのマレの斜陽化について書きたいと思います。
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